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昭和33年の自動車

おやじメモ

 なし

 テントの向こう側にはキャッチャーボートが何艘も停泊していますね。船団の出港式かもしれません。テントの中が相当賑やかそうです。
 テントの手前に引き込み線が写っているので、ここは横須賀は長浦港の田浦にある、建設中の長浦ふ頭
だと思われます。

 手前に大きく写っている自動車は昭和32年(1957年)4月に発売された富士精密工業(当時)の初代スカイライン(ALSI-1型)です。写真に写っている初代スカイラインは、ほぼ新車でしょう。

wikipedia によると
1957年4月
 富士精密工業(当時)より発売されたALSI-1型がスカイラインの初代となる。当時の日本における小型乗用車規格に合わせ、当初は1,500ccでの発売となった。グレードはスタンダード(ALSIS-1型)とデラックス(ALSID-1型)の2種類。
 構造面は、低床バックボーン・トレー式シャーシを持つセミ・モノコック構造となった。前輪は前年のプリンスで既に採用されていたダブルウィッシュボーン独立懸架、後輪は日本最初のド・ディオンアクスルを採用した。搭載するエンジンは直列4気筒OHV・1,484ccのGA30型で、プジョー系の設計の発展形であるプリンス在来型エンジンの改良である。カタログスペックでは当時の日本製1,500cc車最速の最高速度125km/hを称した。

 スカイラインの奥のトランクが半開きになっている車は、まだ分かりません。

日産・オースチンA40サマーセット

     乗車定員:5/6人
   ボディタイプ:4ドア セダン
     エンジン:直4ガソリンOHV1200cc 42馬力/4400rpm
      変速機;3速MT
     駆動方式:FR
  サスペンション:前: 独立 ダブルウィッシュボーン コイル
          後: 固定 半楕円リーフ
       全長:3,971mm
       全幅:1,600mm
  ホイールベース:2,350mm
     車両重量:872kg
       先代:なし
       後継:日産オースチンA50ケンブリッジ

 右のトラックの後ろに停車中の車は、日産がイギリスの自動車メーカーブリティッシュ・モーター・コーポレーション (BMC) のオースチン部門とライセンス契約して(1952年12月24日〜1954年)ノックダウン生産していたオースチンA40サマーセットでした。

 ノックダウン生産とは、他国や他企業で生産された製品の主要部品を輸入して、現地で組立・販売する方式です。

 

 写真を白黒にすると分かりやすいですよね。

 

 日産がA40を完成させるため、1953年3月までに横浜市鶴見区に500坪の組立工場を建て、3月4日には木箱に入った最初のCKDキットが到着、イギリス人技術者の指導のもと、5月上旬に組み立て第一号車を完成させた。

 という事は、おやじが撮った写真は昭和33年の10月か11月かもしれません。

 当時の価格は112万円。当時の純国産車のトヨペット、プリンス、オオタと比較すると乗用車としての完成度はずば抜けており、価格も10万円程度の差であったので、特にオーナードライバー層には「だるまオースチン」として好評で迎えられた。

 大洋漁業の捕鯨船団は昭和32年の秋から、二代目第二日新丸船団を加え、二代目日新丸錦城丸と3船団体制に成長していた。

 そんな昭和33年の秋、田浦が賑やかなのは当然ですね。

 第十三次南氷洋捕鯨へ、イザ出港!

 

おまけ

1964年の5月2日の朝が静かに開けて行く

ところは三重県鈴鹿市

鈴鹿サーキット

今日明日二日に渡り

第二回日本グランプリ自動車レース大会が開かれる

スカイラインについては、これが分かりやすい。

第二日新丸

第13次南氷洋捕鯨 赤道ニテ

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